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ライブのご案内:五月二十日 DIVAのmakoringさんとご 一緒します。

五月二十日、大泉学園インエフにて、DIVAのmakoringさん(高瀬麻里子さん)とご一緒します。

今回はDIVAのナンバーにこだわらず、武満徹さんなど、自分達の興味に素直に従い、いろいろ挑戦してみたいと思っています。
とても楽しみなライブです!

なお、DIVAのご紹介を少し………
DIVAは、高瀬麻里子(makoring)さん、ピアノの谷川賢作さん、ベースの大坪寛彦さんと共に、谷川俊太郎さん(賢作さんのお父様)やさまざまな方の近代詩に、曲をつけ、歌ってきたグループです。

素晴らしいです。
賢作さんのピアノがまた本当に美しく、そして曲がまた、俊太郎さんの優しく哀しく人間らしい詩を、豊かに音として生かしはじめます。

まこりんさんはDIVAのまさにDIVA(歌姫)!
美しく優しい「世界」をぐっとステージに作り上げます。

不勉強な私はf^_^;今回始めてこのバンドの存在を知ったのですが、
本当に面白い。

谷川さん親子は、本当に、日本人らしい、生き生きした表現をする方々だなぁ!と感動しています。

また、武満徹さん………
武満さんの音楽観、日本人としての真摯で素直な模索は、
二十一世紀の今なお、
混乱する日本の価値観の中で本当に大切なもののように思います。

昨年秋ピーターカウフマンというオーストラリアの映画監督の方より、
日本のジャズから、日本の文化を読み解く、というような趣旨のもと、TrioLive&個人のインタビューで取材を受けました。
映画の完成は来年以降になるかと思いますが、非常に面白い題材で、刺激されました。

彼は、いわゆる「西洋」からの表面的な日本文化の捉え方に不満を持っており、
彼自身が風鈴やせせらぎの音に癒される日本人独特の美学を愛する方です。

インタビューも、自然と、文化に対する認識に切り込むものとなり、
自国の文化をあらためて振り返る機会となりました。

(昔インドに行った際、インドの方々に、あなたの国の経済は?宗教は?教育は?矢継ぎ早にまっすぐに聞かれたとき、全然満足に答えられなかった!(彼らは本当にまっすぐだった。彼ら自身が、自分達自身の文化や国に対する、誇りと興味に溢れていた。)…あの日感じた衝撃から、何か旅が始まっているような気もします。)

オーストラリアの方がこうして日本独特の美学を愛し、矛盾に驚き、その混乱やはかなささえも美しいと感じ、その「何物か」をとらえようと必死になる中、
私達日本人はどこまで日本人であることに誇りと信頼と「興味」を持てているだろうか。
考えさせられました。

安易な表現になりますが(長文駄文すみません!)………
戦後一心不乱に頑張って西洋に「追い付こう」としてきた日本。
勤勉で、自ら立ち上がり、さまざまな価値観を融合してどんどん取り入れてゆく、柔軟な日本。

………ただ、音楽もそうですが、余りに自分達の文化を、精神的にないがしろにしてきたような気もします。謙虚さが美徳とはいえ、余りに己を卑下し、自国の文化をまっすぐ見つめることを恥じらうのは、やはり何か時代的な不自然さがあるようにも思います。

でも、今の時代の孤独と困惑、その中で少しずつ動き出しつつある新しい流れ、光、衝動の中で、
私達は、職業に関係なく、そろそろ自然体で、肩肘はらない日本人本来の感覚への郷愁を、ちゃんと認め、意識的に呼び覚ましてあげる(その文化の上で、今の音、今の表現を模索し創ってゆく)、
そういう時期にきているのではないか。

(決して表面的な、安易な和洋折衷でなく。)

………

殊に、音楽をする、創る、音楽について考える、探る、という行為の中で、
そういうことをふと、強く思います。

私にとって、音楽と向き合い、音楽をやるとは、
こういう作業そのものかもしれないし、
それは、もはや、音楽に限らず、
生活の中で、息づくものかもしれない。

ふと、タンポポを見て、いいなぁと感じたり、
川がただ流れて花びらが去ってゆく姿になんともいえない無常と美しさを感じたり。
竹の筒を吹き抜けるような、音階に入ることをこばむ、珠玉の「一音」に観る宇宙。…

西洋や他のアジア地域ともどこかが決定的に違う、
なんというか、自立した、無常なる自然の存在への親しみ、畏れ、
………

日本人自身にとってすら、本当に不思議で謎が多い、独特の感覚

………そこには、日本人として、とても大切な、たとえどんなに荒んで自ら蔑ろにしても決して失うことができない、大切なルーツの感覚、価値観、宇宙観があるような気がします。

今や地球は小さく、国籍も何も関係ないかもしれないけれど、
だからこそも自分を振り返る必要が自ずと増している時代です。

西洋的な価値観が決して悪いとかつまらないとは思わない(むしろ、いろいろな意味で非常に人間的であり、同時に論理により明晰に組み立てられていて…とても面白い…!)のですが、恐らくその枠組みにおさまりきらない感覚が、確かに、ある。

今や現代世界を支配する西洋的論理や尺度、価値観だけでは理解しえない、目には見えない、表象しがたい部分(近代化西洋化の中で切り捨てがちだった部分)に、我々本来の文化や伝統?の本質があったはずで、
ジャズや音楽が己の等身大の叫びであり、祈りである限り、
目を背けることができない(理論や「うまく」弾く技術よりずっと大切な)、何かではないか。
………
そういうことを、たとえ形にできない、説明のつかない、厄介な謎であっても、真摯に朴訥と模索し、受け止め、育みたいと最近特に強く思います。(批判ではなく、創造として。)


私にとって「音楽をする」ということは、日本人であることと切り離せない、自分を確かめるような作業であり、
同時に(現代の中では特に)他人と繋がりたい、関係性を求める、シンプルな人間的衝動的根源的な作業でもあります。

いずれに対しても、愚直に素直に誠実に、のんびり向き合ってゆけたらよいなぁと思っています。

音楽にもとどまらず、一介の人間、母、また教育の現場に携わる身、としても。

まだまだ不勉強な未熟な私ですが、
どうぞ今後ともよろしくお願い致します。

中島
プロフィール

中島さち子

Author:中島さち子
(ピアノ、キーボード、作曲)
都内周辺のライブハウスなどを中心に活動中。自己のtrioや☆∞※★&♭(ZADI)などでは、自作曲を中心に活動している。
2010年2月より、中島さち子Trioの初CD「REJOICE」絶賛発売中。
rejoices


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